キーワード:脳・神経,fMRI, 適応度地形,双安定,イジング・モデル,アトラクタ・ダイナミクス
錯視は,同じ刺激を見ているのに知覚が入れ替わる現象であり,ルビンの壺(壺の絵のように見えたり、2人の向かい合う顔の絵のように見えたりする)はその例である.錯視現象の説明として,2つのお椀が連結したような地形(適応度地形と呼ばれる)の中をボールが移動するという描像は,以前から提案されている.1つのお椀の底が1つの知覚(片方のお椀が壺の絵で,もう片方が2人の顔の絵)に対応し,ボールは脳の状態を表す,というわけである.お椀の高さはエネルギーを表し,お椀の底は,エネルギーが極小の状態を表す.しかし,この説明を支持する脳信号のデータは特に存在しない.
本研究では,錯視刺激を見ている人間から取得した fMRI データから,我々の先行研究で用いた最大エントロピー法 [Watanabe et al. Nat Comm (2013)] で脳の適応度地形を構成し,適応度地形内における脳状態(ボールに対応)のダイナミクスを解析した.その結果,実験データからは3つのすり鉢が得られ(下図),お椀の意味も先行研究の場合とは異なっていた.すなわち,下図のピンクで表される「お椀」では視覚野の活動が支配的であり,知覚の安定化を表していた(ルビンの壺に喩えて言えば,錯視刺激が壺に見える時間が長くなる).図の青で表されるお椀では前頭野が支配的であり,知覚の切り替えに関係していた(例えば、壺の知覚から2人の顔の知覚への切り替え).
図:双安定な視覚現象における脳内ダイナミクスの模式図.ピンク色は視覚野が優勢な状態,青は前頭野が優勢な状態,黄色はピンクと青の中間の状態を表す.脳の図は,各状態でどの脳領域が活動しているかを表す(赤丸:活動が高い,青丸:活動が低い).緑は脳状態のダイナミクスを表す. |